2018年4月22日日曜日

会葬のお礼とご報告

【 会葬のお礼とご報告 】〜 無事に母を送りました 〜 
突然のことで皆様にはご心配と温かいお心遣い、ご配慮をいただきました。心より御礼を申し上げます。18日の通夜、19日の告別式、引き続きの初七日の法要と無事に終えることができました。皆様にはたくさんのご心配、悲しみ、お別れのメッセージ、弔電、御香典、お気遣い、葬儀にまで足を運んでくださった方もいらっしゃいました。お一人お一人にきちんと感謝の気持ちもお礼もお伝えできずに申し訳ありません。もう少し落ち着きましたら改めてご連絡させていただきます。素晴らしい晴天に恵まれ、真っ青な青空の下、お世話になりました、ご縁をいただきました多くの人に見送っていただき、母は気持ちよく、微笑みながら旅立ちました。これまでたくさんの方に母の人生に彩を添えていただき、私のわからないところでも色々と支えていただきまして、本当にお世話になりました。父も悲しみと寂しさを抱えながらも何とか元気でおります。まずはこの場をお借りして、御礼とご報告をさせていただきます。
僕の仕事のほうは予定通りこの後もがんばっていきたいと考えております。どうもありがとうございました。
           2018年   4月22日        関島秀樹



2018年4月21日土曜日

【 びわ湖音楽祭 プレコンサート】〜 雄松が里の 乙女子は… 〜

【 びわ湖音楽祭 プレコンサート】〜 雄松が里の 乙女子は… 〜
[琵琶湖周航の歌]が誕生から101年目の今年は、5月20日に〈和爾文化センター〉で開催されます。そのプレイベントして今日は、二番の歌詞に出てくる[雄松崎]でコンサートを開きました。これ以上ないという快晴に恵まれ、“松は緑に 砂白き〜”の近江舞子の浜にある[ほとり・ポトリ]には会場いっぱいのお客様で、最後は、肩を組んでの〈琵琶湖周航の歌の大合唱〉で終了しました。本番に向けて気運がぐっと盛り上がりました。












5/20、僕は参加できないのですが、ぜひ皆さんで会場をいっぱいにしてください❗️

2018年4月17日火曜日

--訃報-- 風の丘音楽工房より

--訃報-- この度、関島秀樹さんのお母様が, 4月15日(日)19:37 くも膜下出血で お亡くなりになりました。 慎んでご冥福をお祈りし、ここに皆様にお伝えいたします。 故 関島ノリ(89歳)様 ご葬儀について 喪主:関島慶典(故人の夫) 通夜:4月18日(水)19:00~ 告別式:4月19日(木) 12:00~ 斎場:落合葬儀社 第一斎場 荒尾市荒尾124-1 TEL:0968620149


2018年4月16日月曜日

【 阿蘇は火の山 空の果て… 】〜 風の丘つながりです 〜

【 阿蘇は火の山 空の果て… 】〜 風の丘つながりです 〜
29年前、45才の時に農作業中に機械に手を巻き込まれ肘から下の両腕を失った[大野勝彦]さん。それをバネに詞や文字や絵を描く詞画人。熊本地震でも美術館が大きな被害を受けながらも、昨年4月に仮オープンし、明るく前向きに笑顔で生きている素敵な人です。まだ復興半ばですが、オープン1周年記念のイベントを開きました。病気療養中の大衆演芸家[玄海竜二]さんの応援歌『わんぱく坊主の子守唄』もここでの初披露です。東京、名古屋、佐賀などから立ち寄られたお客様がじっくりと聞いて楽しんでくださいました。








 




熊本での9カ所の復興応援訪問コンサートが今日全て終了しました。2年前の15日はやれやれと余震に怯えながらも後片付けをしていました。まさか次の日に更に大きな揺れに襲われるとは誰も考えてもいませんでした。16日は各所で2年目の追悼の会が開かれます。少しづつですが前に進んでいきます。阿蘇の大自然はそれを温かく見守ってくれているようです。“風の丘”にも暖かい希望の風が吹き始めています。みんないろいろあるけど、がんばって生きています。






 



2018年4月14日土曜日

【 あれから2年、あの日の揺れを思い出す 】〜 どうしてこの日に… 〜

【 あれから2年、あの日の揺れを思い出す 】〜 どうしてこの日に… 〜
荒尾の実家で、食事を終え茶の間でNHKのニュースを見ている時でした。23年前の阪神淡路大震災は滋賀で体験しました。7年前の東日本大震災の時は大阪でライブをしている時でした。こんなに短い間に、3つもの大きな地震を体験しました。そう遠くない時期に次の備えが必要な気がします。阿蘇の山々の崩れた傷跡や、橋や山沿いの道の崩落の復旧工事以外は、もう地震の痕跡はあまり見つかりません。やっと傷ついた我が家を取り壊し、更地の土地が増えました。大規模な都市計画をするところ、液状化現象を起こした地域、それぞれの様々な事情で、その上にマイホームを建てるのがすんなりといきません。まだまだ多くの人の苦難が続いています。被災した方々の復興を応援する益城町の〈九州ラーメン党〉にイベントスペースが完成し、“福幸祭”が二日間開かれ、こけら落としにライブをしてきました。(歌っている写真は1枚もありません。失礼!)お客さんを迎える前の状況だけお伝えします。







🎸午後からは西原村にある地域福祉センター[のぎく荘]で1年ぶりの再会ライブでした。皆さんの明るい嬉しそうな表情がありがたいです。歌の力、可能性を実感します。どうぞいつまでも楽しくお元気で!気持ちよく長生きされてください。








◎このたび3カ所の会場をご紹介いただいた被災者のお世話をされ、小学校の先生もされている[小島浩子さん]。お忙しい中いろいろとお世話になりました。昨年に続きありがとうございました。
◎今回はライブは実現しませんでしたが、何度か訪れた《小森仮設住宅〉にご挨拶に立ち寄りました。もう4割近くの方がここを出て行かれたそうです。夏には近くに復興公営住宅が完成する予定で、そうなるとここの仮設もなくなると言うお話でした。でもいいことばかりでもなさそうです。皆さんの交流の場所だった小さなこのお店も閉めることになります。